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ダイヤモンドの歴史と名前

世界には、様々な名前の付いたダイヤモンドが存在します。「南アフリカの星」や「シエラレオネの星」のように歴史的に大きな原石であるからと名前が付けられたり、「青いヴィッテルスバッハ」のように歴史の中で所有者の名が付けられたり、中には「ウジェニーブルー」のように売る側がエピソードをでっちあげて名前を付けてしまうこともあります。また、2009年の9月には、かつてカリナンダイヤモンドが出た南アフリカのカリナン鉱山で507カラットの質の高いダイヤモンドが採掘されたという発表がありました。こうした新しいダイヤモンドたちにもこれから新しい名前が付けられ、人々の手をわたる内に物語がつけくわえられて、やがて歴史となっていくのかもしれません。
古い歴史に名を残したダイヤモンドたちは、その多くが当時と今とでは姿を違えています。ダイヤモンドのカットは近代において大きく進化してきました。特にブリリアントカットの発明によって、多くの古いダイヤモンドが、後世になってからよりダイヤモンドを美しく見せるよう再カットされています。コイヌールもそのひとつです。かつてルイ14世が愛でた「フレンチブルー」という青ダイヤは、盗難品となり、出自をごまかすために再カットされて今は「ホープダイヤモンド」と呼ばれています。カットもまた、そのダイヤモンドのたどってきた歴史のひとつなのです。
カットによって、原石の大きさとはかけ離れたものになることもダイヤにおいては珍しくありません。「シエラレオネの星」と呼ばれるダイヤモンドは1972年の2月14日にシエラレオネの鉱山で発見され、実に969カラットもあるこの石は、歴史的に3番目に大きなダイヤモンドの原石でした。最初は143カラットにカットされましたが、内側に残った傷を取り除くために、結局は17個のダイヤモンドに切り分けられました。最も大きな石は54カラットで、今では「シエラレオネの星」という同名のブローチにセットされています。

失われたダイヤモンド

ついに歴史から失われてしまったダイヤモンドもあります。インド産の137カラットのイエローダイヤモンド「フローレンタインダイヤモンド」は、ブルゴーニュ公の持ち主でしたが、1477年に彼がナンシーで戦死し、見つけた者がガラス玉だと思って安値で転々と転売されます。当時はカッティング技術も研磨技術も未熟だったため、そうした誤解が生じたのでしょう。この石はフィレンツェの名家メディチ家にたどりつき、宝石商人のタベルニエがダイヤモンドであると鑑定したそうです。このタベルニエは、ホープダイヤモンドをルイ14世に売った男でもあり、インドで「グレートムガール」という巨大なダイヤモンドの記録を残した男でもあります。このグレートムガールもまた、消えたダイヤモンドですが、のちに「オルロフ」や「コイヌール」に姿を変えたと考えられています。
フローレンタインダイヤモンドは、やがてオーストリア王室の財産となりますが、第一次世界大戦でオーストリア=ハンガリー帝国が崩れ、王室の生き残りがダイヤモンドを持ってスイスへ亡命します。その後の1918年、王室に近い者がダイヤモンドやほかの宝物を盗んで南アフリカへ渡ったと言われていますが、真偽ははっきりしません。噂によれば、1920年代にこの宝石はアメリカへ持ち込まれ、再カットされて売られてしまったと言います。このまま、2度と歴史の表舞台に顔を見せることはないダイヤモンドなのかもしれません。